小畑

小畑の歴史

兵庫県神崎郡市川町、小畑(おばた)。
川述郷の村々が集った大宮天神社——その郷の祭りの中心。
小畑川ぞいに、社が三つ、寺がひとつ。

大宮天神社——郷の祭りの中心

小畑川の右岸に鎮座する天満神社は、中世には「大宮天神社」と呼ばれ、川述(かわのべ)郷の祭りの中心でした。天正7年(1579年)9月の「大宮天神社神事次第」には、練相撲・獅子舞・田楽踊・竜音舞・流鏑馬——祭りの演目と、それを受け持つ村々の名が記されています。一町八反あまりの神領も持つ、堂々たる社でした。明治7年(1874年)には郷社に列せられています。

東の小畑、西の小畑

天正のころ、小畑は東小畑村と西小畑村のふたつに分かれていました。神事次第では、東小畑が田楽踊を、西小畑が竜音舞を受け持っています。いまも秋祭りには北小畑・南小畑それぞれの屋台が出ます——ひとつの大字のなかに、いくつもの「小畑」が息づいてきた村です。

小畑城主・粟生田氏

元禄年間に記された「赤松家播備作城記」には、小畑城主として粟生田内膳の名が残っています。粟生田氏は赤松氏に仕えた一族で、大宮天神社の社務も勤めていたと伝えられています。城がどこにあったのか——その場所を示す確かな記録は、まだ見つかっていません。

法雲寺——文禄三年の開創

村の曹洞宗の寺、法雲寺は文禄3年(1594年)の開創。本尊は十一面観世音菩薩です。秀吉の世に開かれた寺が、四百年あまり村とともにあります。

川辺村から市川町へ

明治22年(1889年)、小畑は川辺村の一部となり、明治45年(1912年)には八重畑神社が天満神社に合祀されました。昭和30年(1955年)から市川町の大字に。平成20年(2008年)には小畑小学校が川辺小学校に統合され、その歴史を閉じました。それでも秋には屋台が出て、獅子が舞い——天神の郷の祭りは続いています。